皆さんこんにちは。

 

さて、前回の記事では仙台七福神の一つ「寿老人」を紹介しましたが、 今回は第2弾として、「大黒天」を紹介したいと思います。

 

今回紹介するのは、「大黒天」を祀っている喜伝山秀林寺です。

場所は輪王寺の向かい側あたりに位置します。

秀林寺は元々松森(現在の泉区松森)にあった古寺で、1641年に現在地(青葉区北山) に移築されたそうです。

 

ここの大黒天は、秀林寺が開山した当初からあり、最初はお寺の台所(庫院と言うそうです。)に祀られていていて、 350年もの間、火災に遭うこともなく守られてきたそうです。

 

その後、昭和58年に「奥州仙台七福神霊場会」が結成されたのを機に本堂に移され、 三面六臂(さんめんろっぴ)出世大黒天の胎内に胎内仏として納められているそうです。

 

写真を見るとわかると思いますが、撮影した大黒天は顔が3つあります。

 

三面と言うそうですが、向かって右が弁財天、中央が大黒天、左が毘沙門天なのだそうです。

 

そして、六臂(ろっぴ)とは六本の御手の事を言い、弁天は鍵と如意棒、大黒天は剣と袋、毘沙門天は鎌と鉾を持ち、 各天それぞれの願心を表しているそうです。

 

この像の中に、本来の大黒天が納められているわけですね。

 

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さて、大黒天とはどういう神様なのか・・・ 七福神ということは私も知っていたのですが、どのように日本に伝来したのか調べてみました。 大黒天はインドの神様です。

日本には密教の伝来とともに伝わり、初期の頃は真言宗や天台宗で信仰されていたそうです。

インドでも、厨房・食堂の神とされているそうで、日本では最澄が毘沙門天・弁天と合体した三面大黒を比叡山延暦寺の台所の守護神として祀ったのが始まりなのだそうです。

秀林寺は曹洞宗のお寺ですが、祀っている大黒天像はこの三面一体の大黒天像です。

この像の胎内にある大黒天は元々台所に祀られていたそうですから、密教の伝来とともに伝わり、 最澄が台所の守護神として祀ったというのはおおいにありうる話ではないでしょうか。 ただ、天台宗と曹洞宗の繋がりはわかりませんが。。。。

 

また、日本の神道の中に大国主という神様が居るのですが、大国主と神仏習合した日本独自の神を「大黒天」とさすのが、 現在では一般的なのだそうです。(詳しくはWikipediaを参照のこと)

 

秀林寺の本堂に入り、右手にこの大黒天は鎮座しています。

初めて大黒天を見たのですが、最初の印象は「怖い」でした。

 

写真を見るとわかりますが、大黒天の顔は憤怒相です。

 

一瞬、何か怒られているような印象を受け、怖いと感じました。

 

由来を見ると、インドでは戦闘の司る神として祀られているそうで、なるほど、だから憤怒相なんだと理解することが出来ました。

 

 

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また、この本堂は、仙台市内最古の木造本堂と考えられています。

秀林寺の正門は仁王像が鎮座し、三千大仙門という大きな門があります。

 

三門からなり、それぞれ「知恵門」「慈悲門」「方便門」と言い、各門に千躰仏(一千体の仏像)を祀っているため、三千大仙門と称されるとのこと。

ちなみに、青葉城のあたりにも千躰仏が祀られていたそうで、 伊達政宗公が築城する際に千躰仏を他に移し、 城を築城し、当初は「千躰城」と呼んだと、伝えられています。

 

その後「千代城」、さらに後に「仙台城」へ、と現在の呼称へと三転した、という言い伝えが残っているそうです。

 

 

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今回紹介した秀林寺は仙台七福神の一つ、大黒天を祀っています。

 

前回紹介した玄光庵は寿老人

 

あれ?七福神の残り5人はどこに?と疑問に思った方いらっしゃいますか?

 

そう思った方は、仙台七福神ホームページを是非見てください。

http://www.sendai-shichifukujin.com/

 

仙台市内にある七福神を祀った社寺一覧を見ることができます。

 

それではこの辺で。

 

後藤